多摩信用金庫本店2階ギャラリー(地域貢献スペース)では、守屋美穂(もりやみほ、1998-)、斎藤翼(さいとうつばさ、2001-)による二人展「日々燦々」を、2023年7月7日(金)まで開催中です。
出品作家のお二人から、今回の企画の経緯や、それぞれの作品制作への向き合い方などについて伺いました。
(聞き手・文:たましん美術館学芸員 佐藤)
斎藤:私は武蔵野美術大学油絵学科の版画専攻に所属していて、木版画の工房にいます。また、家で亀を飼っていまして、亀をモチーフにした作品をよく制作しています。普段は版画だけでなく、立体やちょっとしたアニメーションによっても亀を表現していまして、そこにまた版画を取り入れるというようなことをしています。
守屋:私も斎藤と同じく、私も武蔵野美術大学の版画専攻に所属しています。学部3年の専門課程で行う版種選択ではシルクスクリーンを選びましたが、実制作においては特にその版種にこだわることなく、その時に思いついたイメージを好きな方法で作品にしています。ドローイングや写真なども作品に取り入れますし、版画専攻にいながらも、良い意味で、版画にこだわらず自由に制作をしていますね。
――今回の展示を企画した経緯を教えてください。
斎藤:展示できる機会やスペースを探していた時に、大学の版画研究室に地域貢献スペースの募集要項があるのを見つけたんですね。私が「これ気になるなあ」と思って眺めていたちょうどその時、隣に守屋さんがいたんですよね。「私も気になると思っていたんだよね」「そうなの!じゃあやってみよう」ということで、一緒に応募してみることにしました。こちらで過去に展示をしたことのあるムサビ版画専攻の助教・所さん(所彰宏展「Cut and Sew」2021年)にアドバイスをいただいたり、去年こちらで展示を行っていた早川さん(早川佳歩ほか三人展「山と谷のあるところ」2022年)のお話を参考にしたりしつつ、書類を作っていきました。
――お二人とも、作品表現においてはそれぞれ違った特徴があるものの、日常的に目にする物や風景、生き物などのモチーフが主に登場するという点で重なる部分があると思いますが、そういったところから企画ができていったのでしょうか。
斎藤:そうですね、身近にあるものを描いている、という点では私たちの制作のテーマは近いと思います。今回も出品していますが、私が亀を描いているように、守屋さんは家で飼っている犬を作品にしていたりして…。
守屋:日常にあった出来事からはじまる、というところですね。そこは近いですよね。
――それぞれの対象に対して「これを作品にしよう」と感じるきっかけを教えてください。
斎藤:私個人としては、日々を生活している中で「あ、今輝いているな」「あ、今生きているな」と実感するというか、そういった時に制作の意欲が湧いてきます。
守屋:ええっ、私は逆かもしれない…。私は、生活していて気持ちが落ち込んだ時に、明るい絵を描いてごまかそうと思って制作することが多いですね。今回展示している作品はほぼ、自分が事故に遭った後に制作したものですね。車を運転していた時にバイクにぶつけられたことがあって、その時に描いたものであるとか。会場突き当りのカエルの作品(《人気のない蛙》)も、ネガティブな経験が背景にはあります。パワハラがひどかったアルバイト先の中華料理屋に、カエルを使ったメニューがあったんです。誰かが注文する場面を一度も見ることなく辞めてしまいましたが、強く印象に残っていて、作品にしました。…うん、負のエネルギーが元になっていることが多いですかね。
斎藤:なるほどなあ。考えてみると私も、自分にとってショックなことが一昨年あたりにあって、それで少し落ち込んでいた時期に、飼っている亀に餌をあげながら「ああ、亀も私も生きている」「この瞬間を作品にしておかなきゃ」と思ったことがありました。それが亀の絵を描き始めたきっかけでしたね。ですが、それはそれとして、基本的には、私の制作の動機はポジティブなものです。
――お二人とも、ご自身の版画制作についてはどういったこだわりがありますか。
斎藤:武蔵野美術大学の版画学科では学部3年次から、木版/銅版/シルクスクリーン/リトグラフという4版種から一つ選択して専攻していくのですが、私の場合は、木版を選択してはいますが銅版も木版もリトグラフも今回出品していますし、ましてや守屋さんは4版種どころか、もう何でもやっているというか…。
木版画に関しては、一般的には平面的な作品が多いかなという印象がありまして。ですが、個人的には、出来るだけ空間の奥行きを感じてもらえる画面を作りたいと思いながら制作に取り組んでいます。
守屋:私は、版種自体はそうでもないですが、色はこだわっていますね。どうせならカラフルにしたくて、今回の出品作品に関しては、使用した額縁に色を塗ってみたり…。色を使う版画の場合は大抵そうなのですが、対象からイメージを受けた時に、そのイメージとは逆の色から塗り始めるということをしています。それを続けていくと、だんだんと自分の中でしっくりくる感覚ができあがるんですよね。実際の物を見て、「これは暖色系のイメージだ」と感じたら、あえて寒色系で描いてみるだとか。武蔵野美術大学の通信課程にいた頃に、対象が持つ色の反対色で描いて、徐々に色味を増やしていく、というような課題が出たのですが、その時に、このやり方は自分に合っているかもしれないと感じたのが元になっています。
――制作の手段としては、あくまで版画の特定の技法にこだわりたいわけではなく、また、版画以外にもしっくりくる表現がそれぞれにあるのですね。
斎藤:とにかく今は、“平面”にとらわれないで、映像や立体表現も取り組んでいます。そういった、新しいことに挑戦したい気持ちは常にあるので、今は、どういった方向に進んでいこうか模索中ですね。でも、木版について言うと、「彫る」ということもそうですが、制作過程が楽しいです。方向性としては立体にも通じるというか、ある形を「描き出す」というより「彫り出す」というような感覚というか。そういう気持ちは持っていますね。
――お二人の、平面作品の制作を学ぶにあたり版画を選択したきっかけは何だったのですか。
守屋:私は大学の通信課程に元々在籍していて、通学過程の編入先として、初めは油絵学科の油絵専攻を希望していました。実際に大学に出向いて直接先生に教わるスクーリングの際にリトグラフを習って、その課題の講評で先生から、「君の絵柄は明らかにに版画向きだよ、油絵よりも版画に行った方が絶対いいよ」ということを言われて。それがきっかけでしたね。
斎藤:私は、大学の説明会に訪れた時に、版画学科の主任教授が「版画はいいよ!」と語っていたのが印象的で。ムサビの版画学科では絵だけじゃなくて、デジタル表現だったりイラストレーションだったり様々なことができるし、従来の版画にとらわれない制作活動をしている人もいる、というようなことを伺って、版画なんてそれまで全然経験はなかったけれど、「いいな」と思って、志望しました。私個人としては、版画は自分に合っているなと感じています。版画って制作に色々な段階があるので基本的に時間がかかるものなのですが、その、少しずつ作品ができていく、だんだんと完成に近づいていく感覚が、嬉しいんですよね。
――版画の、制作の各工程が比較的明確に区別されているという点が合っているのですかね。
斎藤:油絵だと、絵の完成は描き手である自分に委ねられるけれど、版画って、刷り上がったものが全てというか。上がってきたものを見て、そこでバシッと結論が出るところがいいですね。私の意志で完成するというよりは、「完成させられる」感覚というか…。「もう後戻りできない」「強制的に完成させられる」というのは、ある意味気楽でもあります。
――作品が「完成させられる」感覚というのはまさに版画ならではのものと思いますが、守屋さんはこちらについてどうですか?
守屋:そうですね…、先日「偶然と創造」という映画を観たのですが、本当にタイトル通りの映画だったんです。版画もそうだなと思いますね。良くも悪くも「出たとこ勝負」というか。絵が刷り上がる過程にも自分自身にはどうしようもない偶然が挟まれることがあって、その、意志とは無関係に起こる偶然を楽しめるのが版画の面白さかなと…。
斎藤:うんうん、偶然が発生するというのは版画ならではの面白さだと確かに思います。
――今後の展望などを教えてください。
守屋:自分としては絶対に版画を極めようという意気込みはないのですが、シルクスクリーンの制作においてレイヤーを吟味したり、銅版画制作において、出てくる色味を想像しながら版を腐食させたりという過程が好きで。なので、それらの制作は在学中にとことんやっていきたいですね。特に今年は卒業制作があるので、それに向けて、まさに自分と版画の関係性について模索しながらの日々です。
斎藤:私は、大きな木版画を作りたいというのがまずあります。今回展示している一番大きなリトグラフの作品(《10:45 am Ⅲ》)が、これまでの制作で一番大きな絵なのですが、これ以上にもっと大きな迫力ある作品を、木版で、大変な思いをしながら作りたいんですよね。《10:45 am Ⅲ》は横長の絵ですが、テーマは映画だったんです。映画館のスクリーンに大きな亀の映像が延々と映し出されている、という状況ですね。過去に同じテーマで映像作品も作ったのですが、やはり自分のやりたい規模感とずれがあって。理想としては、もっと大きなスクリーン上に亀を表現したいと思ったんですね。もしかするとそれが版画ではなくなるかもしれませんが…。自分の理想のスケールの表現をしていきたいなと思います。
会期|2023年5月29日(月)〜7月7日(金)
利用可能時間|午前7時〜午後10時
入場料|無料
会場|地域貢献スペース(多摩信用金庫本店本部棟2階北側通路のギャラリースペースです)
〒190-8681 東京都立川市緑町3-4 多摩信用金庫本店2階
お問い合わせ|042-526-7788(たましん美術館)
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