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真綿との共生、生成 松嵜日奈子インタビュー(地域貢献スペース/立川)

多摩信用金庫本店2階ギャラリー(地域貢献スペース)では、松嵜日奈子による個展「真綿との共生、生成」を2024年5月17日(金)まで開催しています。

出品作家の松嵜さんから、真綿という素材と出会ったきっかけや素材の魅力、作品制作のプロセスなどをお聞きしました。


(聞き手・文:たましん美術館学芸員 佐藤)




――今回、企画を応募してくださった経緯について教えてください。


知り合いが私へ、その当時配布されていた地域貢献スペースの利用者募集案内を持ってきたんですよ。ちょうど書類の提出締切りの日でした。当時、子供が産まれて2ヶ月くらいで、大変な時期だったのですが、頑張って書類を仕上げましたね。この会場のことは、きれいな場所だなと思ってこれまでの展示にもよく足を運んでいたんです。それと、天井の高さにも驚きました。なかなかこんなに高い会場は見たことがなかったので。もしこんなところで展示ができるなら嬉しいなと思い、書類をお送りしました。多摩地域を拠点に活動している人のための会場ということで、立川出身で今も暮らしている自分にとって、ぴったりの会場なのではないかと思いました。書類が通ってとても嬉しかったですね。


――松嵜さんがお住まいの砂川地区に伝わる養蚕の歴史も、企画の背景に関わっているとのことですが。


砂川では古くから養蚕が盛んだったから、お蚕さんをまつった蚕影(こかげ)神社という神社がありまして。これは阿豆佐味(あずさみ)天神社 の中にあります。真綿を使う展示の時は、展示がうまくいきますようにと毎回ここでお祈りしています。以前一緒に働いていた90歳代のおじいさんが、「私が子供の頃、自分の家でも養蚕をやっていて、パリパリと蚕が桑の葉を食べる音が雨の音みたいだったよ。」と教えてくれたことがありました。お蚕さんの命と引き換えにできる真綿。長い歴史のある蚕の繭を使わせていただくことに感謝しながら制作をしています。

作品を見にこられた方に、「綿」とあるから、真綿のことをコットンと勘違いされることが多くて。真綿はシルクなんですよね。蚕の繭から作っているものですよ、と毎回説明しています。


――真綿という素材に着目したきっかけは、どのようなものだったのでしょうか。


学生の頃、ちょうど卒業制作に取りかかろうという時期に、「卒業制作で真綿を使用されたい方がいたら差し上げます」という情報を日本真綿協会が出していらして、「こういう作品を作りたいので真綿を使いたい」という旨をお伝えしたところ、提供していただくことができたんです。初めてそこで目にしたのが「角真綿(かくまわた)」というもので、まずその光沢に驚かされました。本当にツヤツヤなんですよ。「きれい!」と感動して、これは今後もずっと使っていきたい素材だと感じました。真綿にする方法としては、まず蚕の繭を1時間以上水に浸け、重曹を入れたお湯で煮込んで、その後に水の中で繭をちょんちょんと突くんですね。そうすると繭がほどけて中から蛹(さなぎ)を出すことができる。蛹を出した繭を水に浸けながら広げて四角い木枠に引っかける作業を何度か繰り返します。木枠から外して折りたたんで絞り、最後は風通しの良いところで陰干しすれば角真綿の出来上がりです。これをさらに染めると、本当に美しく染まるんです。それまでは、羊毛フェルトしか使ってこなかったんですが、柔らかいし温かいし、感動しました。


――それまで制作の上で主に使用していた素材は羊毛フェルトだったのですね。


そうです、羊毛フェルトだけですね。大学4年の時から真綿を使うようになり、羊毛フェルトも部分的に使用しています。羊毛と真綿、比べてみると質感も見た目も全然違うんです。真綿の美しさで一番なのはやはり光沢ですね、強く目をひきます。羊毛も特有の柔らかさがある。どちらも違った良さを持っています。色が好きなので、基本的にはそれぞれ色で染めて作品作りをします。


――今回は羊毛フェルトと真綿を用いた異なる3つの作品を出品いただいていますが、それぞれの制作プロセスや手法についても教えていただけますか。


《春を感じ》

《春を感じ》は真綿だけを使って作っています。先についているのはひとつの繭なんです。お湯で煮て蛹を取った繭を手で揉んでいくと、このふわふわとした玉の形になっていきます。この玉は針金を曲げた先に巻きつけるようにして付けています。そして針金の周りには、スーッと角真綿から引っ張り出した糸を撚っていくようにして、巻きつけていますが、とっても時間がかかるので手も指も腕も痛くなります。ですが、「かわいい、かわいい」と思いながら作っていますね。針金に真綿を巻きつけていく技法をコイリングと言います。


――軽さ、柔らかさを感じさせるとともに、空間への広がりを感じられる表現ですよね。


この作品は針金が通っているので自由に曲げられて、広げることも縮めることもできるんですよ。大きくも小さくも見せることができる作品なんです。

ここにスポットライトがあると、丸い部分がきれいな影を作ってくれて、作品単体で展示する以上の広がりをもって空間を演出してくれます。そもそもは、むしろ影が綺麗な作品なのですが、今回は会場の規定でスポットライトを当てられないということで、初の試みとして単体で展示することになりました。でも結果的にいい感じにまとまりましたね。作品自体が軽いので、壁面の高いところまで展示をすることができたのもよかったです。


《命といのち》

――これまでこの会場では、額装された平面作品などの展示が多く、このような立体的な表現が見られるのは新鮮です。《命といのち》についても教えてください。ふんわりとした印象もありますが、形がしっかりと作られた作品ですね。


これは羊毛フェルトと真綿を混ぜています。キラキラと光沢が見えるのは真綿。マットな部分が羊毛フェルトです。

羊毛フェルトの作り方としては、まず羊毛を作品のサイズに合わせてちぎって、縦横縦横…と向きを変えながら重ねて層を作っていく。これに石鹸水とお湯をつけて、エアパッキンなどで挟んでくるくると巻き、こねるようにすると、フェルト化するんですね。縦横縦横…と羊毛を重ねる過程で真綿を広げて乗せて、石鹸水とお湯をつけるところからの工程を経ると、この作品のようにフェルトと真綿が混じり合った生地ができるんです。

この穴の空いた形状というのは、生地を作る途中でハサミを入れているからです。ハサミを入れたものに、また石鹸水とお湯をつけて、巻いてという工程を通して布にしていきます。セーターが洗濯機にかけると縮むじゃないですか。この縮絨(しゅくじゅう)という現象が羊毛の持つ特徴ですが、真綿はそのようなやり方では生地になっていかないため羊毛フェルトに絡ませることで布にしています。縮絨があるから形がしっかりしているんです。


――この複雑な色はどのように作られているのでしょうか。後から染めたものですか?


作品によって異なるのですが、この作品では、真綿は自分で染めたものを羊毛もあらかじめ染色されたものを使用しています。それを画面上に散らし、その上から染色された真綿をふわっと重ねて一緒に縮絨させて、加工のためにハサミを入れ、形をしっかり保つために追加で縮絨させるというやり方でできています。どういうふうに色が混ざるのかはできてみないとわからなくて、ふわふわとしたマーブル模様になっている部分も、偶然できたものですね。縮絨の具合で、ハサミを入れたはずの部分が偶然繋がってしまっていることもあります。


――人の手によらず形が出来上がることはこの手法ならではのものですね。最終的な全体像が制作の過程ではまだ見えないということですよね。


そうですね。その、「偶然に出来上がる形」というのはとても面白いと感じています。

また、先ほどのコイリングの作品もそうですが、展示会場に合わせて作品の形を変えられることも面白いところかもしれません。基本的にはこれまでに発表した形と大きく変わらないように展示を行いますが、最終的に出来上がる形というのは会場で決まるというか。会場にあわせて作品全体の大きさが決まっていく。この会場で意識したのはやはり天井の高さでした。高いから、もう少し上方向に大きさを広げてみようか、とその場で考えて、実際にそのようにしました。


《かわりゆく流れ》

《かわりゆく流れ》は、ベースは羊毛フェルトで、絹糸も使用しています。染色した絹糸を中心に、他にも色々な素材を混ぜていますね。羊毛フェルトって、縮絨の効果によっていろいろなものを絡めてくれるので、作品として形にしやすいんですよね。折りたたんで部分的に布を染めた部分もあります。そういう実験的な制作がやりやすいのも面白いです。羊毛フェルトは薄くすれば透けさせた表現もできるし、厚くすれば立体的な表現もできてしまう、自由な素材です。


――その素材を使ってなにができるかという部分だけでなく、素材ができあがっていく段階にも言及している表現であると感じます。この制作手法にたどりついたのはどういった経緯があったのでしょうか。


そうですね、真綿に出会った頃の作品は、最初にご紹介したコイリングの作品が近いですね。針金を絡み合わせて、大きな、ダイダラボッチのようなものの形を作ったんです。元々羊毛フェルトでの制作は行ってきていたのですが、そこに真綿の存在が入り込んできた感じですね。真綿だけだと形をなすのが難しいので、そこで、羊毛フェルトという素材に助けてもらって、形のある作品を作り出している。あとは、誰も使っていない素材を使いたいという気持ちがありました。真綿を作品に用いている人は少ないんです。そして、真綿だけでの表現というのも色々と試してみているのですが、まだ研究中ですね。あまりにも繊細な素材なので難しくて。


――制作や展示の上で重要視していることはありますか。


例えば、手を動かすときに、展示会場の環境のことを意識していますね。以前、川のそばの元々料亭だった建物の中で展示をしたことがあるのですが、川なら川のイメージを頭の中に思い浮かべながら制作します。展示空間のことをイメージして、手を動かしながら、自分自身が楽しくなるように制作することを大事にしています。


――今後の制作活動について教えてください。


今年の秋に個展が控えていまして、そのために、制作を続けていく日々になるかと思います。0歳と2歳の子供がいるので、本当に隙間の時間を狙っての作業で…。子供中心の毎日に追われてしまっていますが、頑張らないといけないなと。また、最近、日本真綿協会から「背負真綿」という真綿をいただいたのですが、この角真綿とは異なる初めての素材を、これからどのように使おうかという課題もあります。自身の今の家庭の状況だと、やはり時間と手間がかかる大きな作品を作ったりするのは難しいかもしれませんが、真綿を使った表現を長く続けていきたいと思います。


 

会期|2024年4月8日(月)〜5月17日(金)

利用可能時間|午前8時〜午後9時

入場料|無料

会場|地域貢献スペース(多摩信用金庫本店本部棟2階北側通路のギャラリースペースです)

         〒190-8681 東京都立川市緑町3-4 多摩信用金庫本店2階

お問い合わせ|042-526-7788(たましん美術館)



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