多摩信用金庫2階ギャラリー(地域貢献スペース)では、生まれた時から病院で暮らすアーティスト、みつきの個展「わからなさのリアリティ」を2025年1月24日(金)まで開催しています。企画者のUMUM代表者田中さん(T)、キュレーターの渡辺さん(W)、みつきさんのお父様(M)にお話をお聞きしました。
(聞き手・文:たましん美術館学芸員 村山)
――UMUMはどのような活動をしてこられましたか?
T 2018年から自由に絵をかいたり工作をしたりできる、子どもたちのアトリエを始めました。現在も、子どもの自由表現や感性の支援、また社会の中でアートを通じて人と人とが関わり合う様々な活動を行っています。
2020年にコロナ禍の状況になって、オンラインでの場づくりを手探りで始めました。手応えを感じ始めた頃、みつきが所属していた特別支援学校がオンラインで図工の特別授業を提供する講師を探していたようで、声をかけていただきました。
――みつきさんとUMUMはその時に出会ったのですか?
M そうですね、特別支援学校企画のオンライン特別授業を通じて、UMUMとの出会いがありました。
みつきは、さまざまな障害があるため、日常生活に多くの制限があります。20年間、24時間をほとんどベッドの上で過ごす生活が続いており、人と触れ合う機会は家族、特別支援学校の先生方、病院の医師や看護師だけでした。
コロナ禍以前は、特別支援学校の先生が病院に訪問して授業を行っていましたが、オンライン授業が始まったことで状況が大きく変わりました。病院からでも教室の様子をモニター越しに見ることができ、みつきの顔も教室で共有されるようになったのです。この新しい環境は、みつきにとってとても良い刺激となりました。これまで叶わなかった、同級生とオンライン上で出会い、一緒にアクティビティをすることはとても楽しかったようで、みつきにとって学びや人とのつながりが広がるきっかけとなりました。
――みつきさんは、もともと作ることが好きだったのですか?
M みつきが好きだった電車やペンギンをモチーフにしたハンコを、私が目の前で制作する機会があり、みつきもその過程を一緒に楽しんでいるように感じられました。一緒に作っているという感覚を共有できたのではないかと思います。
また、特別支援学校時代には、みつきの能力に合わせた題材を使い、興味を引き出すような工作の機会が数多くありました。そうした活動では、みつきも意欲的に取り組む姿が見られ、物作りに対する積極的な姿勢が感じられました。そんななか参加した、UMUMが講師をしていた特別授業の反応がよくて。
T この授業は、特別支援学校にいる先生と、病院に訪問している先生と対象の子どもたち、私の3会場をzoomでつなぎ実施しました。1日に数コマ行い、病院で暮らす様々な子どもたちが参加しました。いろいろな年齢、病状や障害、コンディションの子どもたちが参加するとのことで、どんな状況の子でも授業に参加できるように考えておく必要がありました。
みつきは30分ぐらいしか集中力が続かないと聞いていたので、○△□に切った折り紙を台紙の上で構成する授業を行いました。同席したお母さまが、みつきの様子を見ていてすごく楽しそうだったと。実際、想定していた30分を過ぎ、授業の終了時間ギリギリまで制作を続けていました。
M こういう文化的な活動が、支援学校卒業後にできなくなるのはもったいないと思い、卒業後も月2回程度、オンラインのレッスンを続けてもらっているのです。最初は糊や絵の具が手につくことを嫌がっていたのですが、だんだん慣れてきたようです。最近は、長い時には90分ぐらい集中力が続くようになってきました。
――具体的なオンライン・レッスンの進め方を教えてください。
T みつきの良さが生きるもので、身体可動域や病室で使用できるものを考えて、私(田中さん)が画材を決めています。それをお父様に提案して買ってもらったり、事前に渡したりします。それを使うかどうか、どのように使って何を描くかは、みつきが自分で決めています。制作をしている間、画面越しに私も同じ材料で作品を作ります。みつきと私の制作方法が全く異なる時もあれば、私がみつきに提案したり、みつきのやっていることを私が真似したりすることもあります。最近はみつきが私の制作する様子を意識するようになって。例えば最初のころは、はさみで絵を刻むように小さく切っていたのが、絵の輪郭に合わせて大きくカットできるようになったなど、私の制作を見たことによる影響を感じられる瞬間もあります。
――展示されているものは、様々な額に飾られています。このような展示方法を考えたのは渡辺さんですか。
W 田中さんとは10年来の交友があって、みつきさんの展覧会を行いたいということで頼まれました。今回は展示会場が社会的機能を持つ信用金庫の市民向けギャラリーで、彼の作品を見せるだけでなく、「みつきさんが社会とつながる」ということをテーマとしたいと思いました。
まず、鑑賞者には彼の背景から受け取るであろうネガティブな先入観より、作品そのものの力や魅力を感じていただきたかった。さらに、わかりにくいと言われる抽象画を、わからないというネガティブな感情のままに受け止めてみる機会をつくりたいと考えました。そのわからなさを、貨幣やそのシステムのわからなさとつなげることで、社会と彼の作品をつなげました。このようにして「わからなさ」について問いかけるという展示コンセプトとなりました。展示方法も、多摩の木材を使った高い天井の空間に合うよう、額装を工夫しました。みつきさんは身体可動域が限られているので、どうしても作品サイズが小さくなってしまいます。そのため、額は大きく、またアンティークの個性あるものを選びました。
――個々の作品のタイトルはないということですが、写真を掲載しますので、いくつかご紹介ください。
T (↑)こちらには、モデリングペーストが使われています。みつきの手の動きや力がそのまま形に残ると思って選んだ素材です。最初はペーストが手につくことがいやで、消極的な扱い方をしていましたが、最近はかなりはまっているようで、この画材を積極的に選ぶ様子を見せてくれます。
T (↑)中央の作品が、DMにも使ったメインと考えているもので、渡辺さんも私もかっこいいと思ったものです。色の使い方や余白の取り方が良いし、それぞれのパーツをはさみで切っているのですが、その形も面白い。
W この作品は、全作品の中で一番大きな額に入れ、瀧口修造氏の作品をイメージしています。
T (↑)こちらには、夏目漱石の小説の1ページが使われています。みつきはその独特な生活によって、私たちが慣れ親しんだものを、とても新鮮に受け取ることができます。そこからヒントを得て、日用品に絵を描くということに挑戦した作品の一つです。
私たちは、本に絵の具をのせたり、はさみで切ったりすることに抵抗がありますが、みつきは躊躇なく手を入れることができます。私たちは文字が書かれていると、ついその内容を読み取って考えてしまいますよね。その点、みつきはとてもピュアに物を扱っているということがよくわかる作品ではないでしょうか。
M (↑)これは、みつきが1日に飲むことができる水の量を表しています。200ml は、私たちだと一気に飲めてしまう量ですが、みつきはそれを5mlぐらいずつ飲むのです。みつきの生きるリアリティを表現できるのではないかと思い、展示しています。
――1回目の個展の時には、みつきさんやお客様からはどのような反応があったのでしょうか?
M 一週間で200名ほど、私たちも驚くほどたくさんの方が来てださいました。来場者からは、「元気が出た」「なんだか好き」「何か嫌なことを忘れさせてくれる。ずっと見ていられる」といった感想が寄せられました。
会場とみつきのいる病室をzoomで繋ぎ、来場者とコミュニケーションをしたのですが、初めての体験がたくさんあり、みつきはすっかり疲れてしまったようでした。
T 1回目の個展直後のみつきは、「もう展覧会はやらない」と消極的な感じだったのですが、ご家族の希望もあり、今回の展覧会に向けて少しずつ準備を進めてきました。
ただ、特に目標を掲げず本人の意志にまかせて自由に描いているときの方が、私たちから見てもかっこいい作品ができるように思います。本展覧会が近づいてきて、私の中に「もっと描いてほしい」というような邪念が生まれると、みつきのやる気が下火になるような印象も受けました。
W わたしたちは、様々な事象や現象をいちいち情報として受け取ってしまって、価値があるものとして吸収しようとしがちですが、みつきさんにはそういう情報が必要ないのかもしれない。純粋に生きているということを感じます。
T 今後もできる限り、やれることをやっていきたいと思っています。みつきさんの姿は、文字通り、絵によって人とのかかわりが生まれている状況を体現していると感じるので。
――先ほど、通りがかりのお客様が感動しておられましたね。長時間にわたりお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
インタビュー実施日:2024年12月8日
わからなさのリアリティ 展
会期|2024年12月9日(月)〜2025年1月24日(金)
利用可能時間|午前8時〜午後9時
入場料|無料
会場|多摩信用金庫本店本部棟2階ギャラリー(地域貢献スペース)
〒190-8681 東京都立川市緑町3-4 多摩信用金庫本店2階
お問い合わせ|042-526-7788(たましん美術館)
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